2019年1月27日。日本最古の歴史書「古事記」を筆で書き写す「写古事記」を体験させていただきました! 実はこの写古事記体験、淡路島で生まれたオリジナル企画なのだそう。
私は最近まで、古事記に何が書かれているのかハッキリ分かっていませんでした。そのうえ、筆で文字を書く機会なんてものすご〜く久しぶり。そんな私が一体どんな体験ができるのかを楽しみに、今回の体験の場「春陽荘」に伺いました。
春陽荘は、洲本市街から徒歩圏の好立地で、大通りから一本離れた静かな川沿いにありました。
山を背にした優雅なたたずまい。門前のしだれ桜が、ようこそとお辞儀をして迎えてくれているようでした。桜の花散る季節には、さらに趣があるんだろうなぁと思いつつ中へ入ると、まずは、スタッフの須ヶ原さんが特別に春陽荘の各部屋を案内してくれました。
淡路島を中心に活動するミュージシャンでもある須ヶ原さん。濃紺の作務衣がお似合いで、「ぜひお茶室でポーズを」とのお願いに快く応じてくださいました。
春陽荘は、1941(昭和16)年に洲本市出身の造船会社の経営者が建てた近代和風住宅です。家相方位学の権威・山本豊圓氏が風水の思想に基づき設計、地元の大工棟梁・斉藤三吉氏らが7年もの歳月をかけて完成させました。2004年にはその歴史文化的な価値が認められ、国の有形文化財にも登録されています。
そして2015年、春陽荘に新しい命が吹き込まれることになりました。元の所有者による維持管理が難しくなってきたこの貴重な文化財を守っていこうと、淡路島に移住してエコツーリズム活動を推進する高山傑氏が買い受け、補改修に着手したのです。
改修といっても、今では入手の難しい建材が使われているので細心の注意が必要。宮大工や建築士などのプロフェッショナルとボランティアが一緒になって手作業で丁寧に工事を行い、一般公開できるまでに蘇らせたそうです。
ごく一部ですが、匠の技と遊び心をご紹介しましょう。
(左上)欄間の意匠は小槌や巻物などの吉祥文様。
(右上)正面、側面、底面どこからでも木目を美しく見せる表面仕上げ。
(左下)襖紙は、表は金ながら裏は黒を基調とした地味なもので、戦時下の自粛ムードの中、いざという時に反転させて金飾りを隠せるようにしていたとか。
(右下)淡路島のリサイクル瓦を使用した波模様が美しい中庭。
また、外壁のスクラッチタイルが印象的な洋館「貴賓館」は、一棟まるごとを借り上げて宿泊利用もできるそうです(要予約)。こちらも快適に過ごせるよう手を尽くされているのですが、何より薪ボイラーやソーラー換気扇といった環境に配慮した設備が勢ぞろい。古き良き時代の建築文化を蘇らせるだけでなく、現代社会のニーズも取り入れたエコロジーホテルなのです!
エコライフまで視野に入れたこだわりの美意識がそこここに感じられる春陽荘。美学ある遺産を後世に残していきたいというみなさんの思いが伝わる空間でした。
さて、いよいよ写古事記の時間です。本日の講師は、書動家のつ花セんさん。5年ほど前に大阪から淡路島に移住し活動しています。和装が春陽荘の優雅な雰囲気にマッチしていてとても素敵です。
「はじめに、日本最古の歴史書・古事記に何が記されているかお話ししますね」と、イラスト入りのパネルで読み聞かせてくれました。
古事記の冒頭に記されているのは、日本の国や神様がどのようにして生まれたのかという伝承「国生み神話」です。
”伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)のご夫婦の神様が、日本
の島々の中で一番最初に淡路島とたくさんの神々を生みました”
”そして、伊弉諾尊は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)にすべてをお譲りになったあと、最初に生まれた淡路島に戻って余生を過ごされました。それが現在の伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)だと伝えられています”
私がこの神話を知ったのはつい最近。というのも、1年ほど前に淡路島に移住するまで「淡路島=国生みの島」だと知らなかったのです。この神話にまつわる淡路島の歴史のストーリーは日本遺産に認定されていますが、この写古事記が広まることで、日本の成り立ちに深く関わる淡路島の魅力を島外に知らせるきっかけになればと感じました。
国生み神話の中で「淡路島が生まれ、続いて四国、九州などの島々が生まれ、日本ができた」といったあたりまでをまとめたのが「写古事記」です。つ花セんさんが古事記の原文をひもときながら独自にまとめたもので、時には伊弉諾神宮の宮司さんのアドバイスを仰ぎながら字を綴り、一枚の紙に浄書した渾身の作品です。
4行目の色のついた部分「淡道之穂之狭別嶋(あわじのほのさわけのしま)」が淡路島のこと。つ花セんさんの凛とした美文字にしばしウットリ。
今回の体験は、つ花セんさんのお手本の文字がうっすら透ける薄紙を敷いて書き写すスタイル。「さて、始めましょうか。今から30分ほどお話せず自分のペースで書いてみてください」。やり方を分かりやすくそっと促してくれるので、かしこまらずリラックスしてはじめられました。
書くときは、正座など体の軸がまっすぐになる姿勢がポイントで、斜め座りなどは良くないそう。私は正座が苦手なので、時々ガマンせず両足を伸ばしてシビレを逃がしてあげると、楽に書き続けられました。
体験で使う道具は筆ペンです。鮮やかなカラーペンも用意してありました。もちろん固形墨を磨って心を鎮め小筆を進めるなんて、情緒があってカッコイイと思いますが、書道に不慣れな人は筆ペンのほうが気軽に時間の空いた時に取り組めていいのかもしれません。
「んんっ、このペンはっ、なかなか書きにくい…」と他の筆ペンも試します。「こっちの方が書きやすい!」「黒よりグレーの方が字が整って見える!」と、自分と相性のいい筆ペンを探るのも楽しいプロセス。「あぁこれはハマるなぁ…」参加者のお二人は、口々に呟いていらっしゃいました。
これまで体験した外国人の中には、文字の縦棒を下から上へと逆に書いた人もいたそうです。確かに日本人でも見慣れない漢字もたくさん出てきました。「むしろその難しさがいいのかもしれません。気がそれることなく文字の形に集中して筆を進められるでしょう?」と、つ花セんさん。
私はレポーターとして伺ったはずなのに、すっかり体験にハマってしまいました。一般的な写経はなんとなく頭で読経しながら書きますが、この写古事記では読みなれない字が並ぶので、書く行為に集中し没頭感につながったのかもしれません。
「はい〜、お疲れさまでした」体験後はお抹茶とともに、竹や梅などをモチーフにした愛らしい生菓子の中からお好みのものをいただきます。私はちょうどこの時期に見かける「つばき」を選びました。春陽荘は予約をすると、和菓子やお茶をいただける甘味処としても利用できるそうですよ。
体験を終えたみなさん、なんだかスッキリした笑顔ですね! 写古事記への集中と甘い和菓子のほっこり感が、心をほぐしてくれたのかもしれません。
普段は畳サイズの大きな紙にほうきのような特大筆で書く作品づくりにも取り組まれている書動家のつ花セんさん。 障害を持った方々と書道パフォーマンスをしているそうです。いつか生で見てみたい!
実は、参加者のお一人は、春陽荘の落ち着いた空間に惚れ込み、この春イベントの開催を予定されているそうです。内容は、心静かにお抹茶をいただき瞑想にふける「茶瞑想(ちゃめいそう)」。庭園からの清々しい風が通り抜ける開放的なスペースは、きっと茶瞑想にぴったりですね。姿勢や心を整えるという意味では、写古事記ともマッチしそうなので「一緒にイベントできるといいね」というお話が出ていました。
そしてもうお一人は洲本市の農家さん。春陽荘のとある場所に生えている竹に魅かれ「竹筆を作りましょうよ!」と、つ花セんさんと盛り上がっていました。竹筆とは、持つところから穂先まで一本の竹でできていて、穂先は竹の繊維を割いて作る歴史の深い筆記具だそう。何気ない竹林に目を付けるなんて、常に自然と向き合っている農家の人ならではですね。
こんな風に、一つの体験を通して出会った様々な価値観の人たちが一緒になって、次の楽しみ方について夢を膨らませたり、企画を広げていけるなんてとっても素敵だなと思いました。
島の伝統文化や風習を広く発信するコミュニティの場をめざす“春陽荘”。そして書を軸に淡路島の歴史をPRするつ花セんさんの“写古事記”。このふたつを同時に体験できて、なお一層、淡路島の魅力を感じることができました。
「もうちょっとやってみたいな」と、写古事記セットを購入して帰りました。島内数ヶ所でしか買えない限定品なんですって!
筆はおろかペンを持つことすら減ってきている私たち。ちょっとしたメモでさえスマホに入力していますよね。今回の体験は、そんな手書き離れに気づくきっかけにもなりました。書いていて気持ちいいと思える時もあれば、妙に筆が進んだわりには字が雑だったりと、その日の心の状態がなんとなく分かるのです。
みなさんも、日本発祥の物語と、和の心、そして自分の心のコンディションにも触れられる「写古事記」をぜひ体験してみてくださいね。
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登録有形文化財 春陽荘
http://shunyoso.jp/ja/top-ja/
<写古事記セット 販売協力先>
坂本文昌堂
http://www.bunsyoudo.com/index.php?sub=front
伊弉諾神宮 せきれいの里
https://izanagi-jingu.jp/?page_id=170
洲本市立淡路文化史料館
http://www1.sumoto.gr.jp/siryokan/
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